女神を祀る 


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 こんな話を聞いたことがありますでしょうか。女神様を祀る神社に男女連れ添いお参りをすると、女神様がヤキモチを妬いて仲を引き裂くと。
 この寺で祀っているのはまさに女神様です。そして、彼女は大変なヤキモチ妬きです。

−女神を祀る−

 僕はこの寺でかれこれ五年ほどお勤めをさせて頂いております。周りの諸先輩方は何気なく、今日も彼女のそばを通り過ぎてゆきます。
 そう、彼等には彼女の姿が見えていません。もちろん、彼女の意味を持つ御本尊には敬意を持っているのでしょうが、彼女本人の前は簡単に通り過ぎてゆくのです。
 先輩方が無視している廊下やら境内やら、お庭にも遊びに出ている不思議な人。薄絹を幾重にも纏い、異国の衣装にも見える、菩薩様に似た衣の女性。
 はじめは何をふざけているのだろうかと思いました。いわゆるコスプレかと、随分失礼な目をしていたでしょう。しかし、よく見れば人とは思えない整ったお顔立ちと、そばを通れば雰囲気はとても清浄で。さらに、先輩方は礼もせず人などいないかのような振る舞いをする。
『そうか、この人はその類の人なのだ。自分は見える人間なのか』
 このことに気が付いたのはお勤めを始めて数ヶ月経った後でした。一方、彼女は早くから僕に気付いていました。自分が見える相手がいると、珍しがって声を掛けていたのでしょう。あの頃は変な人だと思いつつ、振られる話に応じていました。
 それがある時、先輩の一人に「お前は独り言の癖があるのか」と言われたのです。彼らには見えていない。彼女の声も聞こえていない。僕は誰もいない中で、一人相手がいるかのように話を続けていたのです。
 それからというもの、僕の彼女への態度が変わり、初めの内は随分とからかわれました。やっと気付いたかと、彼女は気まぐれにやってきては僕で遊んでゆきます。相手が相手なだけに僕は振り回されるばかりの毎日でした。

 境内の掃き掃除中。この時も背後に人ならぬものの気配を感じておりました。
「ちょっと聞いてよなるっ! 今っ! そこに不細工な女を連れた男がちょ〜ゴキゲンで幸せ願っていったのっ! こんないい女の前でどうして不細工との幸せを願うわけっ!? 信じられないっ! 別れてしまえっ!」
「成勝です。なるかつ。またそんなことを言って、いいじゃないですか誰が誰と幸せになっても。愛染様、それでも仏様なんですか?」
 形の良い細眉を吊り上げ、ひらひらとした衣装の女性がお怒りです。灯篭の上に素足で立って、僕を見下ろしておいでです。確かに見目麗しい彼女は「いい女」でしょうが、自分で言っていいものでしょうか。
 もはや日々の愚痴にも慣れてしまいました。神仏なら幸せを願う人にこんなことは言いません。しかし、彼女はこういうことをよくおっしゃいます。正直言いますと、迷惑です。
「そういえば、愛染様愛染様とお呼びしていますが、実際どっちなんですか? 愛染菩薩? 愛染明王? 祀られているのは明王様ですけど」
「どっちだっていいわよ。ここにいるのは私でしょ? 菩薩でいい、菩薩で。明王って男じゃないの。というか、本尊間違ってるわよね。実際誰がいるか見えてないからしょうがないだろうけど、あれ見る度に腹立つの。なる、偉くなったら換えてよ。美人な像にして。ついでに愛ちゃんって呼びなさい。いつも言ってるでしょ」
「無理です」
 自称・愛ちゃんこと愛染菩薩様……ただし祀られているのは明王様……の彼女は無理難題を言いつつ、参道の先をキッと睨み付けます。そこにはお参りに来た二人組みがいました。
 彼女の言っていた二人でしょう。愛染様は何においても常に自分を一番にしますので、連れられている女性は不細工というほど不細工な顔をしてはいません。
 通り過ぎてゆく二人の幸せそうな笑顔に会釈を返し、僕は集めた枯れ葉を袋へ押し込みました。愛染様は彼らの背を射抜かんばかりに睨み続け、見えなくなるとこちらへ不満げな瞳を戻されます。高く結われた黒髪の先が蛇のようにうねっていて、御機嫌斜めが直っていないことは目に見えます。
 これはそう、二年前の、神無月の中頃の話でした。ただ単に気位の高い女神様だとばかり思っていた愛染様を、愛らしい方だと思うきっかけを作ってくれた二人がここを訪れた日。
 境内に枯れ葉が落ち始め、彼女の素足が寒そうに見えてきた頃。幸せを求めて仲のよい男女がお参りをし、帰ってゆきました。

 愛染様は一日の大半を僕のお勤めに付いて周り、一人でお喋りを続けたり、悪戯に邪魔をしたり、ふらりといなくなったかと思えば姿が見えていない先輩をからかって遊んだりして過ごされます。
 今日もそう。朝の座禅に付き合ってくれる彼女ですが、その最中、僕の脇で丸くなって寝ていらっしゃいました。まるで猫です。
 終わった後は僕達の朝食に肉や魚がないと常日頃と同じ感想を述べ、僕の担当である境内の掃き掃除に付いて来ては枯れ葉を散らして邪魔をします。
 普段と何も変わりなく、愛染様は僕に懐いて好き勝手していらっしゃいました。参拝に来た方がいると霧のように消えて本堂の方へ。終わるとひょっこり戻って、どんな人で何を願っていったか、その感想などを一人で好きなだけ喋ります。
 それなのに、その日はお昼を過ぎ、夕刻辺りから彼女の姿が見えなくなっていました。誰かが来たからと離れていったのですが、その後の夕餉の時もいらっしゃらず、妙な静けさに物足りなさを感じてしまいます。
 ですが、僕の方から彼女を探すことは出来ません。普段は簡単に見付けられるのに、つまみ食いやら悪口やらとやましい何かがあると姿を消してしまう。
 相手は神なだけに一方的で、こちらから愛染様に何か言いたくても無理な時は無理なのです。特別用はありませんでしたから、仕方がなく久し振りの静かな食事を済ませることになりました。
 入浴も夜のお勤めも終え、僕はそのまま布団に入ってしまいました。用がなければ起きてふらふらと出歩くことは許されません。明日になれば、また朝からあの方は愚痴を漏らしに来るだろうと、大して気にはしていませんでした。

 愛染様のお姿が見えなくなってから二日が過ぎました。様子がおかしいとは思っていましたが、やはり呼んでも探しても無駄でした。作務の間もきょろきょろと忙しなく目を動かしていましたので、先輩方にも何かなくしたのかと尋ねられる始末。騒がしいと思っていたのに、いないとなかなか寂しいものです。
 その日も愛染様は現れないまま、一日が終わろうとしていました。薄ら寒くなってきた秋の夜。布団の中で足を擦り合わせ、うとうととしていた時のことです。
「なる」
 耳の奥で聞き慣れた声が響いていました。これだけ長くお声を聞いていないのも珍しかったので、無意識に思い出しているだけだと初めは放っておきました。しかし、いつになっても名前を呼ぶ声は消えません。しばらくして本当に呼ばれているのだと気付きます。
 夜中に起きて無意味に出歩いていたと先輩に知れれば、恐らくは叱り飛ばされてしまうでしょう。そうっと起き上がり、盗人のように抜き足差し足障子に近寄ります。そして、ゆっくりと廊下へ出ました。
 嬉しいことに、愛染様が計らって下さったのか廊下は一度の軋み音も立てないでくれました。気付かれずにいく事ができそうです。
 何処で呼ばれているのか、廊を渡って人のいない本堂まで来ていました。夜になると人は一所に集まっています。大きな寺ですから、そこから離れてしまえば人影など見える訳がない。ですが、細身の影が月明かりに浮かんでおりました。独り本堂の戸に背を預けている者があれば、それは愛染様以外にありません。
 膝を抱え、膝頭に額を当てて、彼女は塞いでいました。長い黒髪が垂れ顔は見えませんが、泣いているのではないかと心配になります。
 そっとそばに寄り、膝を着きました。そのまま小首を傾げます。
「お呼びになりましたか?」
 普段は素っ気なく当たってしまうのですが、この時は流石に声も優しいものだったと思います。子供でも相手にするように、髪飾りで彩られた彼女の頭に軽く手を乗せます。
 元気のある普段の愛染様なら「何を偉そうにっ!」とまた騒いだでしょう。ですが、今は抵抗一つなく大人しく撫でられて、それどころか、子供のように寄り掛かってきました。珍しいことにどうしてよいものか慌ててしまいます。
「なる、覚えてる? 去年、不細工を連れた男が来たの。枯れ葉がすごい中、一緒に見たでしょ?」
「……え?」
 声はしっかりしていましたが、とても小さくて風にも紛れてしまいそうです。
 正直、毎日何人もの人が訪れるので思い出すまで時間が掛かりました。愛染様がヤキモチを妬くのも良くあること。ですが、この方と並んで彼等を見ていたので、薄っすらと覚えていました。
 顎に指を添え、小さく頷きます。
「あぁ、あの人達ですかね。あれは神無月、十月でしたか」
「そう。あの二人がね、最近、子供連れてきたのよ。赤ちゃん、可愛かったわ」
「……そう、でしたか。じゃあ、幸せなんですね。きっと」
 何気なく、僕にもたれている彼女を撫でながら一言呟きました。その途端、何度も首を振り、彼女は不満を露にします。普段の愚痴とは雰囲気が違う。愛染様は着物の裾をぎゅっと握り、悔しそうに吐き捨てました。僕は驚くばかり。
「そうよ……人間は勝手な幸せを願ってっ、勝手に幸せになっていくっ。私達なんてお飾りなのよっ。好きに祀り上げてさっみんなは幸せになっても私達は幸せなんて手に出来ないっ。感謝なんて要らないわっ。私だってあの人達みたいに大切な人と一緒に過ごしたいよっ? 子供って、大事な人と自分だけの宝物でしょっ? 私はずっと一人なのよっ! 誰の目にも映らない、声も聞こえない、気付いてくれないっ」
 まるで、子供が駄々をこねているようでした。
 そう、神仏と自分達人間とは違う。僕達が当たり前のように続けていた営みは、彼女達にとって手に入れることなど到底出来ないものだったのです。
 必要がない。他の神様なら気にも掛けないことかもしれない。でも、愛染様は好奇心旺盛な「愛」を感じ司る方。与えるだけでは満足できない。自身も信仰とは違う形で愛されたいと、そう言いたいのです。
 終いには涙声になっていました。今までは悩みすら誰にも伝えられなかったはず。それを考えると、彼女が長い間過ごした孤独がどれほど酷なものだったか、僕がどれだけ恵まれていたかが分かります。もう一つ、彼女という存在に触れられている幸せも。
 撫でていた手を止め、堅く目を閉じている愛染様の肩を緩く抱きます。触れているのに、そこには暖かさも冷たさもありません。ただ、頬を撫ぜる髪が柔らかい。
「今も、あなたは一人ですか? こうして僕には見えているし、あなたの愚痴も悩みも聞こえて、毎日困ってばかり」
「あんた、慰めてるの? 日頃の文句言ってる?」
 腕に手を掛け、潤んだ瞳で睨み上げてくる愛染様。とんでもないと、僕は長い黒髪に頬を摺り寄せ視線から逃げます。
「困っています。だけど、僕は幸せ者だとも思います。もちろんあなたのおかげで、です。一緒にいて、たくさん話をして、こうやって触れることもできる。もし、あなたが今幸せではないなら、僕があなたを幸せにしてあげたい。いえ、しますよ、この手でちゃんと」
 数瞬置いて小さな笑い声が漏れました。まだ不安定に揺れていますが、纏う気は明るい気、優しい穏やかなものに戻っていました。普段の彼女が、普段通り僕をからかおうとしてきます。手を掛けた腕を人差し指でくすぐったりして。
「……なる、口説くの下手ね。神様相手にして、僧侶見習いがこんな場所でそんなこと言って。不謹慎よね」
「神仏であるにもかかわらず、駄々をこねて無茶を言う方に言われたくありません。あなたと話すようになってから、随分と染められましたよ。これもあなたのおかげですね。それに、こういうセリフが聞きたかったんでしょう? ならいいじゃありませんか」
「言うじゃない。ねぇ、これからはちゃんと愛ちゃんって呼んで。そうじゃないと私幸せになれない」
 意味の分からない我が儘を言いつつ、愛染様は楽しそうに微笑んでいました。先ほどまでの涙声は何処へいったのでしょう。陰鬱な空気も残っていません。
 多分、僕はこのまま彼女に振り回され続ける。それでもいいと思えました。そうなるだろう、それで満足してしまうだろう。そう思うことに根拠なんてありません。
「ね、私のこと愛してる?」
「それは……言いません。口が裂けても言えません」
「あら、可愛いじゃない。照れてるの? 逃がさないわよ。口裂いてでも言わせる」
「あなた本当に仏様なんですか? おかしいですよこんな菩薩って」
「うるさいわよっ! なりたくてなったんじゃないわっ!」
 重なる問題発言。
 きっとあの時だったのだと思います。二人連れがここを訪れてから一年と少し、師走の始めでした。
 僕が女神を手に入れた瞬間。満足させられるかは分からなくても、精一杯尽くそう、望まれるなら何でも捧げよう、この人にならと決心した日。僕は麗しい女神様に、幸福な時間を約束して頂きました。

「なぁ〜るぅ〜っ! 今年っ! 去年はなかった屋台が出てたのっ。そこのお兄さんがちょーイケメンでっv あんな彼氏もいいわねv 来年も来るかしらねっv」
「あぁ鬱陶しい。年明けからそんなことで邪魔しに来るのはよして下さい」
 年が開け、初詣の参拝客が溢れている境内。お守り売り場の裏方で細かな仕事、つまりは雑用を続ける僕の元へ愛染様の楽しげな声が降ってきました。
 相変わらず、神仏であるにも関わらず口調はそこらの女子高生と並べられるもの。御機嫌なところに水を差しても悪いので、わずかに口が滑りましたが言葉遣いについては黙っておきます。
 せっせと手を動かす僕の肩に、彼女は肘を着いて顎を乗せてきます。重みはありません。そのままうっとりとあらぬ方向へ目を向け鼻歌まで。相当その「お兄さん」が気に入っているようです。
「いいじゃないのよー。あ、なるっ、後でクレープとチョコバナナとお好み焼きか広島焼きね」
「は?」
「ひひ爺に内緒で供えておいて。そうしないと食べられないのよ。いや、無理じゃないけど、その方が私としては楽なの。神様って不便なんだから」
 左腕を肩に着いたまま、愛染様は右手の爪を観察しておいでです。神の分際で……いえ、神仏がどのようにして塗ったのかまったくもって不明ですが、マニキュアの具合を気にしている御様子。綺麗に細かな柄が描かれていて、日本古来の一菩薩としてどうなのだろうかといささか疑問です。
 その後も、彼女は普段から和菓子ばかりで飽きたと一通りの文句をたらたら垂らしました。本当に、鬱陶しいこと極まりない。
 話題を変えようと僕は愛染様を仰ぎました。下からの視線に彼女はきょとんとしています。僕は笑顔を作り、普段ならコレも鬱陶しいだけ、今ならまだ文句より暇潰しになる愚痴を言わせようと禁句を吐きました。
「そういえば、今日は愚痴を言う出来事はないんですね。珍しい。去年なんかは『年初めから彼氏といちゃついてんじゃないわよ、ご縁がありますようにとか言って五円しか投げない奴は幸せにしてやらない。五十万よこせ』ってすごかったのに」
「ふん、そいつの彼氏は五円玉がなくて十円玉投げてったのよね。足りないっての。……って、今日もあったに決まってるでしょ? 言わないだけよ。あぁっ思い出しただけでも腹立つわねっ。こんの寒い中ミニスカ、ロングブーツでキメキメの茶髪娘がチャラ男と『一生一緒に暮らせますようにv』とか願っていきやがったわっ! 別に羨ましい訳じゃないわよっ!? あんな幸薄そうな稼げないニート男こっちから願い下げっ! 金のない女は捨てるような顔してたものっ! あの女もすぐポイよっ! ざまあないわっ!」
「つまり羨ましいんですね。別れさせる気ですね」
「あれならほっといても別れるっつったでしょっ。馬鹿面同士お似合いなのにねっ!」
 騒ぐ彼女につい笑いが。しかし、この程度ではもう怒られることもありません。戯れであることは承知の上ですし、聞いてもらえればそれだけで満足なのです。相槌を打たれるだけよりも、多少口答えされる方が愚痴の調子もいいようですので、相手が相手であっても最近は容赦しません。僕も言いたい放題です。
 呆れ半分、笑い半分のまま仕事を続け、機を見て先輩に暇が欲しいと一言進言しました。許しを得て僕は外へ。愛染様からのお使いに向かいます。
 仰いだ空は高く澄んだ蒼。付いてきた彼女の黒髪が視界を流れ、舞っている姿に天女のようだと小さく笑みを零します。神様も甘いお菓子を前にすると、ただの若い娘さんの顔をするようです。
「えっと、何と何でしたっけ」
「クレープとチョコバナナとお好み焼きか広島焼きv お好み焼き屋のお兄さんがイケメンなの。去年までは唐辛子屋だったトコよ」
 砂利を踏み歩く僕の後に、彼女はのんびりと宙を泳ぎながら付いてきます。独り言を言いながら歩いても、携帯電話普及のおかげで不自然ではなくなったこのご時世。ぶつくさ言っていても、誰かがそばで電話しているものと皆さん気にしません。そもそも、この人ごみでは僕の声など掻き消えているでしょう。
「ならお好み焼きですね。ぜひ愛染様のご趣味を知りたいものです」
 そう言った瞬間、嬉しそうな女性の顔が目の前に割り込んできました。造形は繊細。白い面に誘うような赤い唇、大きな黒い眼は上目遣いで。いつか、自分で「いい女」だと言っていては世話ないと思いましたが、本当に、彼女は綺麗な人です。
「へぇ、気になるの、なる? それと、愛ちゃんでしょ?」
「……別に気にしている訳じゃありません。言葉のまま、あなたの趣味がどんなものか見てみたいんです」
「成勝君。あ・い・ちゃ・んでしょう?」
「〜〜〜っそんなに言わせたいですかっ?」
 まったく、どうしてこうこの神様は楽しそうなんでしょう。独り言の段階を過ぎた僕の怒声に何人かが振り返っています。それでも僕達の言い合いは止まりません。
 もう、止める気もないのです。彼女が楽しそうで嬉しそうなら、僕が多少変な奴だと扱われても構いません。そう思えるほど、僕は彼女を欲している。
「言わせたい。なるって愛称でしょ? 私も愛ちゃんって愛称で呼ばれたぃ……ぃやあぁぁぁああぁっ!? またっ! ちょっとなるっ! また別種の不細工を連れた男が何か願ってるっ! 別れてしまえと何度言わせるの! 世の中の男の目はみんな節穴よっ!!」
「いい加減にして下さいよ! いいでしょうが、誰が誰と幸せになってもっ! 愛ちゃんそれでも仏様なんですかっ!?」
「そうよっ!? 私は『愛』を司る女神っ! この神社に恋人なんか連れてきた奴は全員引き裂いてやるっ! ……あv この子やっと愛ちゃんって言ったの? いいわぁ。成勝、覚えておいて。知ってるでしょうけど私はヤキモチ妬きなの。他の女のこと考えたらただじゃ置かない」
 ああ恐い。笑顔は極上で、それゆえにどこか凄みがあります。怒らせてはいけない女性代表だと心底思います。
 ゆったりと舞い上がり、彼女は僕を高みから見下ろします。立場を見せ付けるように、それでいて魅せるように。呆けた顔で、僕は天上の彼女を見上げます。それ以外許されない。
 人を吸い込む蠱惑的な黒い瞳。そんな目をされて、もう、他の人なんて見られない。そもそも見せるつもりもないでしょうに。本当にどうして。
「でも、あなたが私を見ている間は、ずっとあなたの女神よ。あなたが私のものである限り、私はあなたのもの。あなたを見放したりしない。幸せになりましょう。ね?」
 言わせなくても分かっているでしょう? それでもまだ言わせますか。我が儘で自信家で、どこか子供っぽい最高の女神様。
 周りから見たらさぞ不思議な姿でしょう。一人の見習い僧侶が、何もない空に手を伸ばし、何かを掴み取るのですから。彼女のことは誰にも見えていない。それが、初めて優越感となって僕の中に現れます。
「……分かりました。いくらでも、あなたの思うまま、願うままに。僕はあなたのもの。あなたは僕のもの。あの約束はきちんと果たしますから」

 僕のお勤めしている寺には、大層ヤキモチ妬きな女神様がいらっしゃいます。恋仲の男女が連れ合い参道を歩こうものなら、髪を振り乱し、美しいはずの声も荒げます。
 皆様方には見えないででしょう、聞こえないでしょう。しかし、ここを訪れてから不仲になる人もいるそうです。女神が仲の良い二人を羨み妬み、別れさせてしまうのです。
 どうか、この寺を訪れる際は兄妹を装うか、他人のフリをして来て下さい。何があっても絶対に別れないと自信がある方のみ、堂々と腕でも組んでいらしゃって下さい。もしかしたら彼女が諦めるかもしれません。そうすると、極上の幸せが手に入ります。
「なる〜実は私本気で別れさせたことってないのよ。ちょっと『ああ、別れちゃえばいいのに。他人の不幸ほど美味しいものはないのに。さっさと別れればいいのに』って思うだけで、手は出してないのよ。勝手に別れてるのよ」
「いえ、そんなことを考えていると分かった時点で菩薩失格ですから。そんな神様が祀られているとこにお参りしたらそれは縁も切れます。御利益ないですよここ」
「失礼ね。その程度乗り越えなさいよ……!? もぉっまた馬鹿が来たわっ! 猫耳メイドの彼女が欲しいっ!? 正月から何言ってるのっ!? そんなの知るかこの根暗オタクっ! 世も末よっ! 終わったわ日本っ!」
そうそう、全部筒抜けですので、妙なお願いはされないよう御注意下さい。

−終−

2007.12.25


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